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「ここに持ってきたのは、フィルモと呼ばれる16mmフィルムのカメラです。フィルモの兄貴格でアイモという35mmフィルムのカメラもありました。どちらも、アメリカのベルハウエル社製で、フィルモは1923年に発売開始されています。外装とメカニズムのタフさが売り物で、ゼンマイ駆動なのですよ。そして、縦型のコンパクトなボディーですから手持ち撮影が容易です。ですから、どんなに厳しい状況でも撮影可能ということで、当初は軍事用や従軍記録用のカメラとして活躍しました。
第二次世界大戦後、この縦型カメラがドキュメンタリー映画やニュース映画の主役になるわけです。私が撮っていた東宝の劇場用ニュース映画『朝日ニュース』は、ほとんどがアイモで撮影されたものです。また、 TV Set ニュースの撮影現場ではフィルモが主役でした。伊勢湾台風、60年安保、新潟地震、ロッキード事件、成田空港反対闘争などの大事故・大事件の真っ只中で、私が構えていたのは、いつもフィルモやアイモでした。報道用のカメラは機動力が命ですから小型でタフなカメラでなくてはいけませんからね。 手持ちで安定するというのも縦型カメラが報道の現場で主役になった理由でしょう。人間工学的に、実に良く考え抜かれたデザインで、構えやすくて撮りやすいんです。一方、苦労もありました。ゼンマイ駆動で一回フルに巻いても22秒しか回りませんから、ワンカット撮り終えると直ぐにゼンマイを巻き、走りながら目測でフォーカスと絞りを合わせていました。ファインダーではフォーカスも絞りも確認できないカメラだったんです」 |
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大塚さんはご自身のアルバムから一枚の写真を引き出して見せてくれました。そこに写っていたのは一台のムービーカメラ。ボディに"Victor
16"の文字が読みとれます。 |
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「私が考える手持ちの基本は『右手でホールド、左手で support 』です。状況が許す限りにおいて両手でカメラを支えるべきでしょう。但し、左手にはあまり力を入れないでください。あくまで support ですから。それから、右脇をしっかりと絞めること。これだけでカメラの安定性は大きく変わりますよ」 |
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ドキュメンタリーカメラマンとして四十年のキャリアを持つ大塚さんにとって、縦型ムービーは自分の人生と切っても切れない関係にありました。フィルモを片手に提げて去る大塚さんの後ろ姿には、「まだまだ撮るぞ!」という気迫が溢れていました。 |
| <大塚さんのプロフィール> 1935年、西宮市生まれ。1957年に日本映画新社入社。東宝の劇場用ニュース映画『朝日ニュース』を多数撮影。1966年、東京 TV Set 映画社(同社はTBS映画社からTBSビジョンへと発展)へ転。以来、 TV Set のニュース・報道番組を支えてきた。現在もフリーのカメラマンとして活躍中。大塚さんにカメラマン引退の言葉は無い。 <主な作品歴> 股関節改造術(米国医学アカデミー映画賞)、プレイボーイ日本語版CM(米国CFコンクール金賞)、東京オリンピック作戦(日本産業映画コンクール奨励賞)、未復員兵の告発(放送批評懇談会賞)など多数。 |