音に関するトラブルはいろいろありますが、その中で最も深刻なもののひとつに住宅における騒音の侵入があります。たまたま取った電話ですがるように苦痛を訴えられて同じ話の繰り返しだと分かっていてもなかなか受話器を置けなかったり、話をしている途中で「お願いあの音を止めて」と涙で絶句されたりというようなことは、他の種類の音のトラブルでは経験がありません。騒音が原因で頭痛がしたり体調を崩したりという話もよく聞きます。問題になっている音は大きさで言えばそれほどのレベルではないことも多いのに、ここまで人を傷つけてしまう音の恐ろしさを感じずにはいられません。
よく尋ねられるのは、住宅に漏れてくる音に対して取り締まるような法律は無いのか、ということです。例えば騒音源が工場だったり道路騒音だったりすると、国や自治体が定めた基準や規制値はあります。住宅の遮音性能に関しては販売時に性能保証を行おうという動きもあります。しかし、同じマンションの隣家から侵入してくる音については規制はありません。例え規制値があったとしても問題は全て解決しないと思います。それは、音の大きさが同じくらいなら苦痛の程度は同じくらいかというとそうではないからです。
一般にスピーチや音楽等、人にとってある意味を持っている音を有意騒音と呼んで、空調ノイズのような無意味騒音と区別していますが、耳につきやすさという点では有意騒音はそれより約10dB大きい無意味騒音と同じ程度になります。しかし、規制値ではどんな種類の音かというところまで細かく定めるのは難しいので、有意騒音の方がより問題になりやすいともいえます。騒音の規制値は区域の用途と時間帯によって定められていますが、夜間の住宅地では病院の側など例外を除くと「40dB以下」が最も厳しい規制値です。40dBというとかなり静かではありますが、それでも40dBの音量の話し声は聞く気になれば多少は内容が分かりますし音楽は何の曲なのかが分かります。ある特定の音を気にしている人にとっては、他の音と区別してはっきり聞こえる騒音と感じられるかもしれません。一方、40dBというのは風が吹いて木の葉が揺れると軽く上回ってしまう音量でもあるのです。
もうひとつ騒音の扱いで難しい点は、ある人にとっては心地良い音が別の人にとっては耐え難い騒音にもなりうるということです。心洗われるようなすばらしい音楽も聞きたくない人にはただの騒音にしか聞こえません。きらいな人の出す音はガマンできないという非常にメンタルな種類の騒音もあります。そしてここまでくると音量の大小はあまり関係無いのかもしれません。
同じ音が人の心を癒したり逆に壊してしまったり、エネルギー量としてはほんのわずかなものなのに、音の持つ影響力はとても複雑で単純な数値や尺度で表現できるようなものではありません。音は人間が5感で感じるものの中で最も強く人の精神状態に働きかける力を持っているもののような気がします。