ホールが竣工した時見学会が開催されることが多いのですが、その時パーンと手をたたいてフンフンとうなずいている人を見掛けませんか。これは何をしているのでしょう。たまたま飛んできた蚊をたたいているのでなければ、それは最もプリミティブな形の音響測定をして室内の音響状態を確認しているのです。
部屋の音響設計をする際、はずすことの出来ないポイントに、「残響時間が適当であること」と「音響障害になる反射音の無いこと」が上げられます。通常の音響測定では、測定器を使って「残響時間」と「エコータイムパターン」を測り、問題が無いかどうかを調べますが、手をたたくとこの2つについて大ざっぱではありますが見当を付けることが出来ます。
残響時間というのは、音が出て止まった後どのくらい響きが残っているか、を調べる測定ですから何か音を出せば響きを聞くことができます。音響測定では音を出して止まった音の減衰カーブの傾きを読みとって残響時間を示しますが、聴感でも残響時間の感覚があればだいたい分かる、というわけです。私たちも音響測定に行った時、時々測定前に手をたたいて残響時間の当てっこをすることがあります。そんなに真剣にやっているわけではありませんが。
エコータイムパターンというのは、非常に短い音を出してそれに続く反射音の様子を波形で紙に出力して観測するものです。
人の耳に最初に聞こえるのは音源から直接来た音(直接音)ですが、室内ではそれに続いて床で反射した音、壁、天井で反射した音、2回反射をした音、3回反射をした音など数えきれない数の反射音(間接音)も一緒に聞くことになります。理想的なエコータイムパターンは直接音のレベルが最も大きく、それに続いて到来する反射音のレベルは直接音より小さくて、反射回数や距離が増すにつれ(=到達する時間が遅くなるにつれ)徐々に減衰していきます。そのような音場では、反射音の1本1本の音が独立して聞こえることは無いので、例えば、「みなさん、おはようございます」と言った時、「おはようございます」の時には「みなさん」の反射音がまだ室内に残っている状態かもしれませんが、何となく響きが残っているだけで、反射音によるもうひとつの「みなさん」が「おはようございます」にダブって聞こえてしまうことはありません。逆に言えば、もうひとつの「みなさん」が聞こえる音場は問題あり、ということになります。手をたたいて反射音を聴くと、「パーン」という 残響だけが聞こえるのか、「パン、パーン」なのか、「パン、パン、パン」なのかで「もうひとつの「みなさん」」の存在をよりはっきり分かることが出来るのです。
反射音列の持つ意味はこれだけでなく、聴感に及ぼす影響は他にもあるのですが、手をたたいて分かるのはこういった音響障害となるエコーが無く、減衰がスムーズかどうかというところまでだと思います。
見学会のように衆人環視の元で手をたたくのはその後の周りの目線を考えれば小心者にはなかなか出来にくいことですが、天井の高〜い空間やいかにも反射音の返って来そうな壁を見るとつい手をたたきたくなる、これは建築音響に携わっている者共通のビョーキのようなものです。